がま口

がま口を失くした話

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がま口を失くした話

それは2012年の都内をぐるぐる回っている電車での出来事だった。

なぜ北関東在住の私が山手線に乗っていたのか?

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時は2012年、当時私は品川まで月に2回通って
ビジネスの勉強をしていました。

品川のプリンスホテル内にあるレジデンスで
ビジネスを教えてくれる女性師匠のところに
出向いて行って主にUSPについて学んでいました。

その頃、私は自分で経営していた会社が
ある程度軌道に乗り、社員にお仕事も
任せられるようになっており

もう一段階飛躍したい、売上1億円を
目指したいと思い、新たなビジネスチャンスを
探っている時期でした。

その教えはあまりにも衝撃的だった

女性師匠から、ビジネスを進めていく上で
大事な心構えを学び、

露出を増やして認知度を上げていくこと。

認知されたらブログやメルマガニュースレターなどでお客様を
教育していくことなど様々なことを学びました。

その教えのあまりの精度の高さ、実践のしやすさに
衝撃を受けた私は、地元に帰ったらあれもしよう、
こんなこともやってみようとワクワクしながら
家路に着きました。

山手線に乗り、東京駅を目指します。
あまりの衝撃と学びを実践したくで

頭の中はそれだけになってしまい、
電車の中でもボ〜っとしていたのでしょう。

東京駅に着き、新幹線に乗り換えようと
山手線を降り、ホームを歩いて
乗ってきた電車が動き始めた途端に

逝ってしまったがま口ポシェット

がま口を網棚に置き忘れてきたことに
気がつきました。

しまったと思い、自分が乗っていた山手線の
車両番号を確認すると、駅員の事務室に
駆け込みました。

「今出て行った山手線の7号車の進行方向右側
3番目のドアのすぐ近くにがま口を置き忘れた。
すぐに保護してください。」

と頼み込みました。

するとなんとものんびりした声で

「今、車掌に連絡するから待っていてください」

30分ほど待たされ
「車掌と連絡がつかない、連絡し続けてるから
待っていてください。」

といわれ、そうこうするうちに

がま口を置き忘れた山手線が1周して
戻ってきました。

私は、慌ててその山手線に再び乗り込み
自分が座っていたあたりの網棚を見回しました。

すると、なんと
がま口が・・・・・・・・

無い・・・・・・。

車掌と連絡の取れた事務員がやってきて

車掌に確認したけどそのような
がま口バッグはなかったと言っていますと。

しょうがないので、スグに八重洲口の
交番に飛び込み紛失届を出してきました。

財布と現金50万円ほど、お気に入りのロシアンレムリアンのクリスタルと
スケジュールを記した手帳と銀行のカード類、
クレジットカード類、買ったばかりのiphone3sは永遠に消え去りました。

唐草模様のがま口バッグは恥ずかしい!?

しかし、唐草模様のがま口、直径30cm近くある
あんな目立つものをよくパクる気になったなぁと、

正直思いました。

その直前にニックブイチチという

 

四肢欠損のクリスチャンが幕張メッセに
きて4000人の前で講演をした時にも、

緑のからくさ がま口バッグを置き忘れたんですが
その時は数時間放置したままでしたが無事生還して

くれていたので、
「どうして誰もがま口を持って帰らなかったんだろう?」

と疑問を口にすると

「誰もそんな目立つバッグ持って帰ろうとは
思わなかったんじゃ無いの?恥ずかしいし(笑)」

と言われたことがあったので

その時は恥ずかしいとは失礼な!と
少しムッとしました。

しかし、

その言葉があったので

きっと出てくるだろうと

たかをくくって以来7年

いまだに失くしたがま口バッグは出てきません。

東京駅から地元に帰るための帰路の新幹線の切符も失くし、
さてどうやって帰ろうかと頭を痛めました。

女性師匠に用立ててもらうために品川まで戻ろうか、

でも嫌だなぁ。恥ずかしいし。

その時にピンとひらめき

東京駅の隣の神田駅近郊に仲良くしている
社長がいることを思い出し

神田駅まで移動してその社長を呼び出し
改札越しに5000円をお借りし無事地元まで帰ってきたのでした。

がま口にまつわる悲しい思い出でした。

和田多摩子
この記事を書いた人
現在、自宅警備員を主な生業にしています。たまに恋愛コンサルタント資格を活かして恋愛コンサルなどもしています。 働いたら負けを座右の銘に独り立ちを模索中です。 副業ブログを本業ブログに成長させて キャンプ三昧の日々を送れるようにがんばります。
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